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塾長の挨拶医療とは人の命を介して行う営みです

私・能見勇八郎は、京都メディカル家庭教師センターの開設に当たり、日夜医療現場で活躍されている皆様に、次のメッセージを発信させて頂きたいと存じます。
また、ご子弟の大学受験に関するご相談をうけたまわっています。

人と人との係わり

我々は人と人との係わり合いの中で生きています。
この社会生活を成り立たせる最も基本的な情念は当たり前のことですが信頼です。
そしてこの点がすべての教育の原点でもあります。
他人を信じることなしに社会は成立しません。
これがあってこそ家族愛があり、地域や社会への愛着・愛社精神といった様々の情念が育まれるのです。

しかし、一方物質エネルギーを制御し、利用する方法を獲得した人類は、いまやそのエネルギーを大量に消費しながら多種多様な物質を利用し、我々の生活に便宜を与える様々な製品を製造し、生活の質を高め、我々がますます自由に活動できる方向へ展開しています。
このことが我々の精神社会にも反映し、個人の自由、平等、権利などを重視する意識が社会に定着しています。

このような状況において、学校という教育現場でも個人の尊重、個性の伸張が重視されています。

しかし、良いことばかりではありません。
教育現場における個の尊重は人間関係の希薄化を引き起こしていないでしょうか。
教育の現状をかなり単純化し、図式的に見ると、社会環境、知識や学力、学習能力の面などで均質化された生徒が、教師との間で知識や情報をやり取りするのが今日の姿ではないでしょうか。

工場でロボットによって大量生産される均質な製品のイメージです。
優れた製品が大量に生産されるとしても、その相互作用はどうでしょうか。
部活やクラブ活動のような人間関係を構築する活動もあります。
しかし、それですべてが修復されるとも思われません。

登校拒否、ニート、若者の集団自殺など様々の現象は希薄な人間関係の現われではないかと思われます。

人間は本来、人と人との係わりの中でこそ生きうる存在です。
希薄な人間関係の克服こそ今日の教育の課題であり、我々が個人指導という方法によって実現しようとするものです。

医療の現状

現在日本の医療は困難な状況にあり、医療崩壊とまで言われています。その根本的な原因は政府が長期にわたり医療費を抑制してきたことにあると考えられます。

しかし、それが顕在化するのは平成16年に始まった新研修医制度からです。
研修医が都会の病院に集中し、それまで研修の中心であった大学医局は医師不足をきたし、各地の中核病院から医師を大量に引き揚げる事態に発展しました。

この結果、地方の公立病院の医師不足が深刻化し、「コンビニ受診」などの社会風潮とあいまって医師の疲弊とさらなる退職を誘発し、国の制度改革の影響も働き患者数の減少へと通じ、病院の再編、閉鎖など、地域医療はまさに医療崩壊の現場と化しました。
患者や住民の受けた影響や負担の大きさには計り知れないものがあります。

さらに、医療訴訟、刑事訴追が増加する傾向にあり、リスクの高い医療行為を休止する医療機関が出現していましたが、平成16年12月に起きた福島県立大野病院での医療事故にともなう担当産科医の逮捕、追訴は医療関係者に大きな衝撃を与え、産科を中心に難度の高い診療行為からの撤退や休診等の医療崩壊が起きています。

そして、このような状況は若い医師や研修医の間で訴訟リスクが高かったり、過酷な勤務が求められたりする産科、小児科、外科などの診療科が敬遠される傾向を一層増幅させていると考えられます。

ハード面に起因する医療崩壊

少子高齢化が進む中で医療を守り、改善することはすべての人の願いです。

病院を中心とする医療崩壊は開業医にもさまざまの波紋を投げかけ、病院の支援体制の構築などがなされています。
しかし、この問題を根本的に解決するためには医師不足の解消が図られねばなりません。

現在日本の医師数は約26万人あり、その約64%が勤務医であり、約36%が開業医と言われています。
経済協力機構(OECD)加盟国の医師の平均数と比較すると日本の人口規模では12万人不足しています。
現在医学部の入学定員は約7,500人ですが、引退、死亡などと合算すると実質的な医師増加数は約4,000人であり、12万人増には30年を要します。

最近政府はこの問題について緊急対策を打ち出していますが、財政面、施設面等を考慮すれば医師の大幅な増員はそう簡単なことではありません。

ただでさえ過重労働といわれる医療現場の改善、医師の増員を図るとなれば、単純に考えても、労働条件の緩和はもとより、待遇面の改善、看護師をはじめ医療スタッフの充実など多くの課題があります。
それは医療費の抑制政策など医療行政の根幹を問うことになるでしょう。

ソフト面に起因する医療崩壊

もし仮に医療の体制面、つまりハード面の整備が十分図られたとしても、医療崩壊の現象は解決するでしょうか。

本来医療とは生命を介した人と人の係わりの上に成り立つものであり、医師と患者を始めとする他の人々との信頼があってこそ可能となります。

教授や先輩たちの指導や拘束を嫌って医局ではなく、自己の思いや情報だけを頼りに都会の病院を選択する研修医、ただ過酷な勤務を厭う だけでなく、人との深い係わりを避け得るのではないかと考え、眼科や皮膚科を選ぶ多くの若い医師、患者やその家族による医師に対する訴訟の増加などはまさに他者の回避、他者への不信が根底に横たわっていると考えざるをえません。

医師を取り巻く人々だけでなく、社会に広く蔓延しているこの傾向はもちろん簡単に克服できるとは思われません。

現在、厚生労働省が設置を検討している所謂「医療事故調」といわれる調査機関は、さまざまの議論があるとしても、このような傾向に対応しようとするものでしょう。

個人指導の目指すべきもの

個人指導はその人一人一人に能力や状況に合った能率的な指導ができ、その学力の進捗に大きな力を及ぼすことは言うまでもありません。

先にふれたように、医師と患者等との相互の信頼関係の上にこそ医療行為が成り立つとすれば、知識や技量に加えて、信頼関係を構築できる医師の養成が何より大切なことです。人を信頼する心は人と人との様々の係わり合いのうちに育まれるものです。

そのような様々の係わり合いのうち、個人指導という教育方法は重要な役割を演じると考えます。
大学受験というバトルにおいて、講師が先輩の兵士として戦いを先導し、励まし、評価し、勝利へと導く係わり合いによって、師弟の間に深い信頼関係が構築されます。

このことは小さなことのようですが、この人と人との信頼関係において、一つの目的を達成したという体験は、ご子弟に、大学入学という結果以上の、何物にも変えがたい心の財産を提供し、その後の医療活動を必ずや実り豊かなものとすると確信しています。

政府による医療環境のハード面の整備、医師各人の大学における医療の知識や技量の習得、修練、そして人間相互の信頼関係の回復、構築があいともなってこそ医療崩壊といわれる事態が解決すると考えます。

この認識に立って医療の振興にいささかなりとも尽力したいと思っています。

能見 勇八郎

塾長 能見 勇八郎